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サイゴン雑記 〜暮らしの断片を拾ってみたら〜 第6回 バインミーの街は いつからこんなにクロワッサンだらけになったのよ?(前半)
2026/10/05
野本瑞穂のサイゴン雑記

– Vol. 06 –
第6回:バインミーの街は、いつからこんなにクロワッサンだらけになったのよ?(前半)
バインミーの街は、いつからこんなにクロワッサンだらけになったのよ?(前半)
Xin chào。(シン・チャオ)。 コラム担当、ライターの野本瑞穂です。
最近、ホーチミンのカフェで、やたらとクロワッサンを見かけます。
+ +
パン屋さんではありません、カフェです。コーヒーを飲もうと入った店のショーケースに、ごく普通の顔をしてクロワッサンが並んでいます。しかもプレーンだけではなく、クリームを挟んだもの、果物をのせたもの、チーズやチョコレートを合わせたものも。やたらと大きなものもあります。
値段は50,000VND、60,000VND、高いものでは80,000VNDほど。
日本と比べても、それほど安いわけではありません。味も大きさもいろいろ。
ひと口かじった瞬間にバターの香りが広がるものもあれば、「あれ、バターはどこへ行った?」「パッサパサだよ〜」というものもある。「ずいぶん、強気な値段だわね」、と感じつつ食べる。
とにかく、たいていの店舗カフェにはあるのでは? と思うほどメニューに載っていて、とにかく増えたな〜という印象です。

▲ カフェの多様なクロワッサン
私がベトナムで本格的に暮らし始めたのは、2020年のコロナ禍以降。
それ以前の街のパン事情を肌感覚で知っているわけではないけど、暮らし始めた頃、こんなにあちこちの
カフェでクロワッサンを見た記憶はありません。
気になって、パンについて少し調べてみました。ベトナムのパンといえば、やっぱりバインミー。
街を歩けば、小さな屋台や店先のガラスケースには、パテ、ハム、豚肉、なます、キュウリ、香草とともに
バゲットがぎゅうぎゅうに詰まって並んでいます。フランス統治時代に持ち込まれたバゲットを、ベトナムの人たちはすっかり自分たちの食べ物にしました。
ならば、クロワッサンも同じではないか。きっとフランスの影響を受けたよね、クロワッサンも?!
最初はそう思っていたのですが、そんな簡単な話ではない。フランスだけを見ていても答えは出てきませんでした。

▲ フランスの影響からバインミー、クロワッサンも?
“クロワッサン”、アジアではかなり自由な食べ物に変貌していたみたい・・・
たとえば2016年。ベトナムのパン屋さん シンガポール発のベーカリーチェーン・Bread Talkでは、「Golden Lava Croissant」というクロワッサンが発売されていました。中に入っていたのは塩卵黄のクリーム。ベトナムの中秋月に盛り上がる、月餅の中に入ってるやつ。当時、香港やシンガポールなどで人気になっていた味で、ベトナムでも試験販売されたようで、焼き上がりを待つ客が並んだという。すでにこのようなクロワッサンが人気になっていました。
クロワッサンブームは、ベトナムだけではなく、2017年ごろには、中国でチョコレートとココアをたっぷりまとわせた「Dirty Bread」(チョコまみれに汚れるという意味らしい)が流行。その後、韓国ではクロワッサン生地をワッフルメーカーで焼く「croffle」も登場。
塩卵黄を入れる。チョコまみれにする。ワッフルにする。
つまり、2010年代後半には、クロワッサンはアジアの街から街へ移動しながら、
それぞれの土地で好きなように姿を変えていたようです。
私がごく最近のことだと思っていたベトナムのクロワッサン人気は、意外と長い助走期間があったようです。
そういえば、日本ではどうだった?
ここまで調べていて、ふと日本のことを思い出しました。
日本でも、1960年代にフランス人パン職人のフィリップ・ビゴが来日し、ドンクなどを通じて本格的なフランスパンを広めていきます。1970年代にはフランスパンがちょっとしたブームになり、雑誌『クロワッサン』が創刊されたのも1977年。
以前、いま84歳になる女性から、当時の東京の話を聞いたことがあります。表参道あたりで、ドンクのパン袋を抱え、フランスパンやクロワッサンをかじる。それが若い人たちには、とてもおしゃれだったのだそうです。パンを食べることまで、ファッションだった時代です。
とはいえ、私の実感として、クロワッサンがもっと日常的な存在になったのは、さらに後だったような気がします。思い出すのは、サンマルクカフェの「チョコクロ」です。1号店ができたのは1999年。そう2000年前後から、カフェに入ってコーヒーと一緒に焼きたてのチョコクロを食べる、という風景が身近になったのです。
その少し前から、日本では冷凍パン生地やオーブンなどの技術も進んでいました。
専門のパン屋で職人さんが一から仕込まなくても、店で焼きたてのパンを出せる環境が広がっていったのです。
つまり・・・クロワッサンを「知っている」ことと、
街のあちこちで「気軽に食べられる」ことは、別の話ってことですね。
考えてみれば、私が今のホーチミンで感じている、モヤモヤ・・・クロワッサンはいつから、普通のカフェでも気軽に出せるパンになったのか。カフェにいつもある、クロワッサンってなんなんだ? ということ。
ここあたりをしつこく調べてみたら、ベトナムで2019年に行われた国際的な展示会に行き着きました。
「Vietnam International Bakery Show(VIBS)」という国際的な製パン専門展示会が2019年、ホーチミンのSECCで初めて開かれた。
公式の報告書によると台湾、ベトナム、中国、日本、韓国、マレーシア、シンガポールなど7つの国と地域から70社、122ブース。4日間で4,945人が訪れた。
ただ写真を眺めていてクロワッサンがずらりと並んでいるわけではなく、写っているのは、街のベーカリーで見かけそうな惣菜パンや菓子類。
そもそもこの展示会の主役は完成したパンそのものでもなく、オーブンやミキサーなどの製パン機械。
原材料。包装。そして、パンを作るためのノウハウだったのです。
公式報告書にも「products, raw material, equipment, packing to baking knowhow」とあります。
興味深かったのが、来場者が探していたもので一番多かったのが原材料で29%。
次が製パン設備で21%。完成したパンを見に来るというより、「これから何を使って、どうパンを作るか」を探しに来た人たちが多かったようです。

▲ 第1回VIBS ベトナム人が知りたかったもの
しかも、この第1回VIBSを仕掛けた主催者のひとつが、台北ベーカリー協会と台湾の展示会会社。
フランスではありませんでした。そして集まったのは、アジア各国の業務用オーブンやミキサーの業者たち。
バインミーの隣で、何かが始まっていた。
2019年の時点では、クロワッサンという一つの商品よりも、もっといろいろなパンを作るための材料、機械、技術そのものがベトナムに集まり始めていた、ということのようです。
バインミーは、すでに街の日常にしっかり根を張っていた。その隣で、もうひとつのパン文化が育つための環境も、少しずつ整い始めていた時期だったのかもしれない。
そしてコロナを挟んだ数年後。私の目の前には、多くのカフェでクロワッサンが並んでいます。
では、この間に何があったのだろう。
誰が焼き始めたのか。どこで技術を覚えたのか。
そして、なぜパン屋だけではなく、カフェにもこれほど広がったのか。

▲ こちらは、やたらと大きなパン・オ・ショコラ。チョコもたっぷり。最近のサイゴンのクロワッサン系は、なかなか自由です。
✏ 口に出して言いたい ベトナム語 〜パン編〜
| 日本語 | ベトナム語 | 読み方(カタカナ) |
|---|---|---|
| パン(バインミー) | Bánh mì | バイン ミー |
| クロワッサン(牛の角のパン) | Bánh sừng bò | バイン スン ボー |
| ラバ・クロワッサン(塩卵黄クリーム入り) | Sừng bò kim sa | スン ボー キム サー |
| 月餅 | Bánh trung thu | バイン チュン トゥー |
– Next –
次は「作る人」の側から、もう少し追いかけてみます。

執筆者
野本瑞穂(NOMOTO MIZUHO)
- 自己紹介
- 2021年よりホーチミン在住。 日本では20年以上、テレビの構成作家、ラジオディレクターとして番組制作に携わる。直近ではNHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」「伊集院光の百年ラヂオ」を担当。これまでに200人を超える作家、音楽家、芸人、研究者らへのインタビューやドキュメンタリー制作を通じ、人々の声に耳を傾け、その人らしい言葉を紡ぎ届けてきた。現在はベトナム・ホーチミンで暮らしながら人々の営みや街の空気を観察する日々を満喫。
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