Column
視点を変えれば発見がある 第7回:すぐに辞めてしまうベトナム人社員
2026/08/11
中安昭人の連載コラム

【連載コラム】視点を変えれば発見がある
ベトナムに住んでいるといろんな謎に遭遇します。しかし背景を知ると「そうなのか!」と納得することが少なくありません。ベトナム在住日本人のそんな体験を紹介するミニストーリー。コーヒーを片手に気軽にお読みください。
第7回:すぐに辞めてしまうベトナム人社員
「トアン君から退職願が出ました」
日本人マネージャーから知らせを受けて、木嶋さんは暗い気持ちになった。木嶋さんは日系人材紹介会社のベトナム法人代表。会社は日系だが、取り引き先のほとんどはベトナム企業で、紹介する人材もベトナム人ばかり。企業と人材の間に立つのもベトナム人社員だ。
ところが社員の定着率が思わしくない。木嶋さんからすると、些細なこととしか思えない理由で、会社を辞めてしまうのだ。
「給料は同業他社と比べて決して低くないはずなのに」
「日本人と違って、ベトナム人に会社への忠誠心を求めるのは無理なのか」
「上司が叱るのは、本人の成長を願ってのことなのに、それが理解されないのはなぜなのか」
いつもの自問自答が始まってしまった。
そこに総務の女性社員ヒエンさんが通りかかった。彼女は確かトアン君夫婦と仲が良かったはず。退職の背景を知っているのではないか。
「ヒエンさん、ちょっといいかな。君、トアン君を知ってるよね」
「はい。彼、辞めてしまうんですってね」
「ほお、耳が早いね」
「彼女の奥さんから聞きました。彼女は私の大学の同級生ですから」
木嶋さんはヒエンさんを別室に呼んで、詳しく話を聞くことにした。きっかけは、日本人マネージャーが、他の社員の前でトアン君を叱責することが、立て続けにあったから。それをトアン君が奥さんに愚痴ったところ、奥さんは引き止めるどころか、退職を勧めたのだそうだ。
「私も働いているから、あなたが会社を辞めても、生活には困らないわ。あなたは今の会社で優秀な成績をあげているんだし、転職先はいくらでもあるはず。気持ちよく働ける職場に変わるべきよ」
木嶋さんは膝を叩いた。ベトナム人の離職率の高さの背景には「共稼ぎ率の高さ」があるんじゃないか。木嶋さんには、上司のパワハラに苦しんでいた時期がある。「オレが仕事を辞めたら家族が路頭に迷う」という気持ちで耐えていた。あの時、妻がトアン君の奥さんと同じことを言ってくれたら、迷わず会社を辞めていたに違いない。
現地法人の日本人社長達と飲みに行くと「ベトナム人はすぐに辞める」という愚痴になることがある。そして離職率の高さの理由を、ベトナム人側に求めていた。しかし違うのではないか。雇う側は、無意識のうちにでも「少々手荒な扱いをしても、給料欲しさに社員は働き続ける」という姿勢を持ってしまっている。それが根本的な間違いだったのではないか。
木嶋さんはヒエンさんに礼を言うと、頼んだ。
「トアン君と直接話がしたい。ここに呼んでくれないか」
*文中に出てくる社名・人名はすべて仮名です。

執筆者
中安 昭人(なかやす・あきひと)
- 自己紹介
- 「ベトナムの伝道師」を目指している編集者・ライター。ベトナムを初めて訪れたのは1995年。趣味は路地裏のカフェ巡り。
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