中安昭人の連載コラム

【連載コラム】視点を変えれば発見がある ベトナムに住んでいるといろんな謎に遭遇します。しかし背景を知ると「そうなのか!」と納得することが少なくありません。ベトナム在住日本人のそんな体験を紹介するミニストーリー。コーヒーを片手に気軽にお読みください。 それは本当に「ボッタクリ」ですか? 「またボッタクられました!」 新米駐在員が憤懣やる方ないという感じで話しかけてきた。それを聞きながら江頭努さんは、30年前、ベトナムを初めて訪れたときのことを思い出していた。 旅人だった江頭さんは、ベンタン市場でお土産用にTシャツを買おうとしたところ、相場よりもかなり高く売りつけられそうになったのだ。店の主人である中年男性に抗議をした。 「どうして人によって値段が変わるんですか。日本では商品には定価を表示したタグがついているので、値段交渉は不要で、誰でも同じ値段で安心して買い物ができます」 なかなか流暢な英語を話す主人は顔色一つ変えずこう返答してきた。 「ほう、そうかい。日本では自分の親友にも、見ず知らずの他人にも、同じ値段で売るのかね。変な国だねえ」 江頭さんは言葉に詰まってしまった。その後、40か国ほどを旅する中でこの言葉を何度も思いすことになる。日本のように定価がある国のほうが少数派だったのだ。 初訪越から約10年後、ベトナムに駐在員としてやってきた時は、たどたどしいベトナム語でお店の人と話をするように努めた。するとどうだろう、仲良くなるにつれて値段が下がるではないか。 バイクタクシーを利用したところ、目的地に着いた運転手が「お前は外国人なのにベトナム語を話すいい奴だから」と代金を受け取ってくれなかったこともある。 ベトナム人に尋ねても「値段交渉は面倒くさい」という。しかし「人間関係に応じて値段が変化する」のには一理ある。江頭さんはそう思うのだ。新米君に自分の体験を紹介した江頭さんは、こう結んだ。 「値段を尋ねた時には10万ドンと言っていたのに、いざ払う段階になって10ドルだと言い出したら、ボッタクリだよね。でも人によって値段が異なるのは、違うんじゃないかな。ベトナムでは親しくなればなるほど値段は安くなるんだよ」 *文中に出てくる社名・人名はすべて仮名です。
2026/05/12
中安昭人の連載コラム

【連載コラム】視点を変えれば発見がある ベトナムに住んでいるといろんな謎に遭遇します。しかし背景を知ると「そうなのか!」と納得することが少なくありません。ベトナム在住日本人のそんな体験を紹介するミニストーリー。コーヒーを片手に気軽にお読みください。 少額のお釣りをくれない運転手 またお釣りをごまかされた。 久しぶりにタクシーに乗った時のことだ。運賃4万8000ドンに対して5万ドン札を出したところ、運転手が2000ドンのお釣りをくれなかったのである。普段はグラブを使っていて運賃はモバイル決済なので、こういうことはないのだが……。「商売なんだから、お釣り用の小銭はちゃんと用意しておけよ」と呆れながら車を降りた。 宇江城さんはハノイにある日本企業で働く経理マン。赴任して約1か月。ベトナムの居心地はいいが、職業柄もあって、お金の支払いがずさんなのには、どうしても慣れない。スーパーマーケットでお釣りの代わりに飴を渡された時は驚いたものだ。 会社に戻って同僚の日本人社員に今日の経験を話したところ、大いに同情してくれた。 「宇江城さんの違和感は当然だと思う。そういう細かいところにいい加減だから、ベトナムはなかなか後進国から抜け出せないんだよ」 その夜、宇江城さんはカナダのトロントに駐在している大学時代の友人にメールを送り、今日の体験談を愚痴った。ところがである。翌日、友人から返ってきたのは意外な内容だった。 「カナダではお金の端数は切り上げか切り捨てだよ」 例えば、1ドル18セントの物を買って1ドル20セントを払うと、2セントのお釣りはもらえないというのだ。逆も同様で1ドル22セントの物を買う場合は、1ドル20セント支払えばいい。 友人が調べたところによると、カナダでは「1セント硬貨をなくすと、1年間で日本円にして約9億円あまりのコストが削減できる」という試算を元に、2013年に政府が1セント硬貨を廃止し、「二捨三入、七捨八入」のルールが導入されたそうだ。友人曰く、 「ベトナムでお釣りをくれないのは、カナダとは違う理由だとは思うけど、そのほうが経済効率はいいんじゃないかな。少なくとも僕は、カナダ方式のほうが居心地がいいよ」 宇江城さんはさっそくネットで検索してみた。少額硬貨の廃止を法律で決めた国に、事実上廃止された国まで含めると30か国を超えるではないか。なんと日本でも「1円硬貨・5円硬貨廃止」が検討されているという。 翌日のことである。路上の麺屋で宇江城さんはフーティウを食べた。値段は5万4000ドン。ところが手元には5万ドン札と50万ドン札しかない。宇江城さんが困っているのを見た店主は「いいよ、5万ドンで」と4000ドンをまけてくれたのである。 タクシーでお釣りがもらえなかったときは、「こんなことをして小銭稼ぎをしようだなんて、姑息だな」と感じた。でも実は違うんじゃないか。ベトナム人のおおらかな性格、そして彼ら流の経済的合理性ゆえなのではないか。今、宇江城さんは、そんな風に感じている。 *文中に出てくる社名・人名はすべて仮名です。
2026/04/14
中安昭人の連載コラム

【連載コラム】視点を変えれば発見がある ベトナムに住んでいるといろんな謎に遭遇します。しかし背景を知ると「そうなのか!」と納得することが少なくありません。ベトナム在住日本人のそんな体験を紹介するミニストーリー。コーヒーを片手に気軽にお読みください。 第2回:賑やか過ぎる結婚披露宴 「どうしてこんなにうるさいんだろう」 ベトナム人社員の結婚披露宴で、最初に出てきたカニと溶き卵のスープを飲みながら、井戸さんは独りごちた。ここはホーチミンシティ中心部にあるレストラン。バンドの生演奏で隣の人との会話にも苦労する状態なのだ。日本では閑静な住宅街で暮らして来た井戸さんにとっては拷問のような時間だった。 翌日、同じ披露宴に出席していたベトナム人社員のトゥイさんに尋ねてみた。 「昨日の披露宴は賑やかだったよね。いつもあんな感じなの?」 「あれくらいは普通ですよ」 え? あれで普通とは! 「日本の披露宴はとても静かなんだよ」 「えー! それって寂しくないですか?」 トゥイさんは目を丸くした。N1を持っていて流暢な日本語を操る彼女も日本の結婚披露宴は未経験らしい。驚いたことに、にぎやかなのは、結婚披露宴だけではないと言う。 「先日、祖父のお葬式があったんですけど、家から棺を運び出す時には楽隊を呼んで、太鼓やラッパで盛大に送り出しました。だって静かだと亡くなった方が寂しいでしょうから」 日本では厳かに儀式を執り行うのを良しとするが、ベトナムでは違うらしい。結婚や葬儀など広い意味で人を送り出す儀式は、「にぎやかに」が基本だそうだ。 「でもベトナム人の中でも、若い人を中心に、もう少し静かな披露宴を求める人が増えているそうですよ。SNSで見栄えがするおしゃれな披露宴に、大音量は合わないですしね」 なるほど、こんなところにもSNSの影響が及んでいるらしい。 「私の結婚披露宴も音量は控えめにするつもりですから、井戸さんも来てくださいね」 トゥイさんは付け加えた。 「でも親達は『静かな披露宴なんて論外』って大反対しているんですけど」 ベトナムでは結婚は家と家のつながりだという意識が今も強い。それだけに親の意向は大きな力を持つ。静かな結婚披露宴が実現するには、世代交代を待たねばならないのかもしれない。 *文中に出てくる社名・人名はすべて仮名です。
2026/03/15
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【連載コラム】視点を変えれば発見がある ベトナムに住んでいるといろんな謎に遭遇します。しかし背景を知ると「そうなのか!」と納得することが少なくありません。ベトナム在住日本人のそんな体験を紹介するミニストーリー。コーヒーを片手に気軽にお読みください。 第1回:態度が横柄なベトナム人社員 「失礼します」 一礼して会議室を出て行ったキエン君の背中を見送りながら、秋吉さんは「ふー」と深いため息をついた。ここはホーチミンシティ近郊にある工業団地の一画。秋吉さんは工作機械に使う部品を作る大東製鋼のベトナム支社長である。日本語ができるキエン君は、30歳という年齢ながら現場に精通しており、秋吉さんにとって右腕のような存在だ。 一つ気になる点がある。秋吉さんが会議室に呼ぶと、彼はいつも腕組みをして、ふんぞり返りながら話を聞いているのだ。普段は礼儀正しいだけに、その横柄な姿勢が気になってしかたがない。ついさっきもそうだ。秋吉さんが話をしている間、ずっと腕組みを崩さなかった。 彼とは、上司・部下というより、少し年齢の離れた兄弟のような付き合いだ。それだけに、軽く見られているのだろうか。もっと上司らしくしたほうがいいのだろうか。一度は「オレはお前の友達じゃない。ちゃんと姿勢を正して話を聞け」と怒ったほうがいいのだろうか。秋吉さんは着任以来、自問自答を繰り返している。 そんなある日のこと、キエン君が秋吉さんのところに小さな白い封筒を持ってやってきた。 「実は今度、結婚することになりました。秋吉さんにも、ぜひ式に出席して頂きたいです」 それも披露宴だけでなく、教会で行う婚礼のミサから参加して欲しいのだという。会場となった教会の聖堂は300人くらいは入れそうな大きさで、石造りの壁の上部にはステンドグラスがはめ込まれ荘厳な雰囲気だ。ミサが始まり、新郎新婦が神父さんの前に立つのを見たとき、秋吉さんは「あっ」と小さく声をあげてしまった。キエン君と奥さんの2人が腕組みをしていたからである。 新婚旅行が終わって職場に戻ったキエン君に話を聞くと、「はい、腕組み(khoang tay)はベトナムでは敬意を示す姿勢なので、神父さんの前では腕を組むんですよ」。 それを聞いて秋吉さんは「ああ、怒らなくて良かった」と胸を撫で下ろした。 秋吉さんはキエン君に「日本では腕組みは失礼な姿勢なんだよ。実は僕も誤解していてね」とキエン君に説明をしながら、「ベトナム人社員が、自分には奇異に見える行動や態度をとったときには、必ず理由を尋ねるようにしよう」と心に誓ったのだった。 *文中に出てくる社名・人名はすべて仮名です。
2025/12/27
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