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サイゴン雑記 〜暮らしの断片を拾ってみたら〜 第7回 バインミーの街は いつからこんなにクロワッサンだらけになったのよ?(後半)

2026/10/21

野本瑞穂のサイゴン雑記

サイゴン雑記 〜暮らしの断片を拾ってみたら〜 第7回 バインミーの街は いつからこんなにクロワッサンだらけになったのよ?(後半)

– Vol. 07 –

第7回:バインミーの街は、いつからこんなにクロワッサンだらけになったのよ?(後半)

バインミーの街は、いつからこんなにクロワッサンだらけになったのよ?(後半)

Xin chào。(シン・チャオ)。コラム担当、ライターの野本瑞穂です。
前回、ホーチミンのカフェやベイカリーにクロワッサンがやたらと増えたことが気になり、調べてみました。

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フランスの影響かと思いきや、アジア各地でクロワッサンは自由に姿を変え、2019年にはホーチミンで国際製パン展示会まで開催。そこで残った疑問が、これです。

で、このクロワッサン、いったい誰が焼いているの?

ベトナム パン職人|ショーケースのクロワッサン

▲ ショーケースのクロワッサン

あの何層にも重なった生地を作るのは、そう簡単なことではないはずです。作り手の側から、追いかけてみることにしました。

ひとつのクロワッサンに、3日もかける?

ホーチミンで私が好きなクロワッサンのひとつが、パティスリー「IVOIRE」のもの。

ベトナム パン職人|IVOIREのクロワッサン

▲ IVOIREのクロワッサン

なかなかのお値段です。でも、ひと口食べると、驚くほど軽い。バターの豊かな風味がありながら、重たくない。ああ、おいしいなあ、と素直に思うクロワッサンです。

この店を2018年に開いたのが、ベトナム人パティシエのKasey Doanさん。
オーストラリアで製菓を学んだ女性です。
2021年、ベトナムのメディア「Vietcetera」のインタビューで、彼女は開業当初の苦労を語っています。

当時、思い描く品質の材料がなかなか手に入らず、フランス産の小麦粉などを調達するために、通常の3〜4倍もの価格を払うこともあったそう。しかも、クロワッサンを作るのに3日かかるという。3日! ずいぶん手間のかかる話です。(完璧を目指すため生地の仕込みなど)

現在も同じ製法なのかは分かりません。ただ、2018年のホーチミンには、材料探しから苦労しながら、理想のパンや菓子を作ろうと奮闘していたのです。そしてKaseyさんによれば、その後、質の高い輸入材料を扱う業者も増えてきたという。

つまり、おいしいパンを焼くには、腕だけでなく、材料を手に入れる環境も必要となってきたわけ。

さらに、調べているうちに、もうひとつ興味深い取り組みを見つけました。

朝4時、若者たちがパンを焼いていた

なんと、2017年からホーチミンで、若者たちにフランス式のパン作りを教える職業訓練が行われていたのです。「La Boulangerie Française」というプロジェクト。

欧州の開発協力機関IECDと、トゥードゥック技術短期大学が協力して始めたもので、経済的に困難な若者たちに製パン技術を教え、仕事につなげようという取り組みです。

2025年3月のベトナム紙『Thanh Niên』の記事によると、学校の厨房では朝4時から10人以上の若者が集まり、バターやミルクの香りの中でパンを作っているといいます。

ベトナム パン職人|朝4時の製パン教室

▲ 朝4時の製パン教室

授業料は15万ドン。食事と住まいも無償で提供され、卒業に向けてホテルやレストランでの実習も用意されています。2025年の取材時点で、すでに130人以上がこの事業で製パンを学んでいました。

その記事に登場するのが、22歳のレ・ドゥック・アイン・トゥアンさん。
以前はフーコックでレストランの給仕をしていました。あるとき、この職業訓練の卒業生が開いたパン屋のパンを食べたことがきっかけで、製パンの世界に興味を持ちます。そして自分も学校へ。

最初は生地の扱いにも戸惑っていた彼が、10か月後にはバゲット、サワードウ、クロワッサン、パン・オ・ショコラまで作れるようになったといいます。しかも、今は後から入ってきた若者たちに技術を教える存在に。
パン屋を開いた卒業生のパンを食べて、自分もパン職人を目指し、さらに後輩へ伝えていく。

材料も、機械も。そして、焼く人も。

前回紹介した2019年の国際製パン展示会では、来場者が求めていたのは、完成したパンよりも原材料や製パン設備でした。その2年前には、すでにパンを焼く人材を育てる取り組みが始まっていた。
もちろん、この職業訓練学校の取り組みがクロワッサンの流行を作った、という話ではありません。ただ、興味深いことに、ここで作られたパンのうち品質基準を満たしたものは、ホーチミンのカフェやレストラン、ホテルなどにも供給されているそうです。

どの種類のパンが、どれほどカフェに届いているのかまでは分かりません。
それでも、街で見かけるパンの背景には、こうした作り手や供給の仕組みもあるのだと知りました。
材料と機械だけでは、パンは焼けない。焼く人も、少しずつ育てていく。

そして、クロワッサンはサイゴン流に変身中。

さて、そんな作り手たちの話を知ったうえで、あらためて街角カフェ、ベイカリーを眺めてみると面白い。

クロワッサンに、鶏肉を細かくほぐして乾燥させた「チャーボン・ガー」を乗せたり、チーズを挟んだものもあります。チャーボンは、ベトナムではおなじみの食材。日本のでんぶにも似ていますが、鶏肉の繊維がモシャモシャしていて、甘じょっぱい。それがクロワッサンに、どっさり。

ベトナム パン職人|チャーボンをのせたカスタードクリーム入クロワッサン

▲ チャーボンをのせたカスタードクリーム入クロワッサン

ほかにも、フルーツを生かした華やかなクロワッサンや、クリームをたっぷり挟んだもの。フルーツが豊富なベトナムならでは、プレーンなクロワッサンとは、ずいぶん違う方向へ進化しています。

もちろん、すべてがおいしいとは限りません。「おっ、これは!」と感心するものもあれば、「うーん、もう少し頑張ってほしいなあ」というものもある。でも、そこが今のサイゴンらしくて面白いのです。

かつてフランスから伝わったバゲットが、ベトナムの食材と出会い、バインミーという独自の食文化になったように、クロワッサンも今、この土地の好みに合わせて姿を変えているのかもしれません。

バインミーの祭典で、クロワッサンを競う時代に

そして今年、2026年4月。ホーチミンで開催された第4回バインミーフェスティバルでは、バゲットとクロワッサンの技術を競うコンテストまで行われました。バインミーの祭典で、クロワッサンの腕を競う。
かつて外から伝わってきたパンを、今度はベトナムの職人たちが自分たちの腕で作り、競い合っている。

そんな光景が、この街に生まれています。

バインミーの隣で、新たなパン文化が育っている

クロワッサンだけではありません。カフェのショーケースには、以前なら専門のパン屋で探していたようなパンも、いろいろ並ぶようになりました。まだまだ試行錯誤の真っただ中。

職人が時間をかけて作るものもあれば、ベトナムの食材を取り入れて自由にアレンジしたものもある。大成功もあれば、ちょっと残念な挑戦もある。

でも、そんなふうにいろいろなパンが登場する今こそ、面白い時期なのかもしれません。

バインミーという、揺るぎない日常のパン文化がある街。その隣で、もうひとつのパン文化が、少しずつ花開こうとしています。

ホーチミンでカフェに入ったら、ぜひコーヒーだけでなく、パンにも目を向けてみてください。
新しい食文化の流行に気づくことになるかもしれません。
そして、もしおいしいクロワッサンを見つけたら、ぜひ教えてください。
私もまだまだ、食べ歩くつもりです。

✏ 口に出して言いたい ベトナム語 〜パン屋さん編〜

日本語 ベトナム語 読み方(カタカナ)
パン職人 Thợ làm bánh トー ラム バイン
高級(プレミアム) Cao cấp カオ カップ
風車形のデニッシュ(ピンホイール・デニッシュ) Bánh chong chóng バイン チョン チョン
鶏肉のでんぶ(チャーボン・ガー) Chà bông gà チャー ボン ガー

– Next –

次回もお楽しみに。

野本瑞穂(NOMOTO MIZUHO)

執筆者

野本瑞穂(NOMOTO MIZUHO)

自己紹介
2021年よりホーチミン在住。 日本では20年以上、テレビの構成作家、ラジオディレクターとして番組制作に携わる。直近ではNHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」「伊集院光の百年ラヂオ」を担当。これまでに200人を超える作家、音楽家、芸人、研究者らへのインタビューやドキュメンタリー制作を通じ、人々の声に耳を傾け、その人らしい言葉を紡ぎ届けてきた。現在はベトナム・ホーチミンで暮らしながら人々の営みや街の空気を観察する日々を満喫。

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