Column
視点を変えれば発見がある 第6回:頭痛の種は「チップ」
2026/07/13
中安昭人の連載コラム

【連載コラム】視点を変えれば発見がある
ベトナムに住んでいるといろんな謎に遭遇します。しかし背景を知ると「そうなのか!」と納得することが少なくありません。ベトナム在住日本人のそんな体験を紹介するミニストーリー。コーヒーを片手に気軽にお読みください。
第6回:頭痛の種は「チップ」
「チップって本当に面倒くさいなあ。どうしてこんな習慣があるんだろう」
加納さんはチップが悩みのタネだった。ベトナムは基本的に「チップなし」の国だと言われる。しかしチップを支払う場面は少なくない。
例えば週末のゴルフ。キャディさんにはチップが必要だと先輩駐在員から教えられた。ゴルフの後のフットマッサージもチップを払う。その後、カラオケ屋さんに行くと、そこでもチップ。タクシーは、以前は「少額のお釣りはチップとして渡す」という習慣があったそうだ。最近は、配車はアプリ、支払いはキャッシュレスになったので「これでチップから解放される」と思ったら、アプリにも「チップを支払う」という機能がある。
チップを敵対視していた加納さんが、その考えを改めたのは、意外なことに日本に一時帰国したときのことだった。1年ぶりに会った家族とファミリーレストランへ。そこで5歳の娘が、食べ物の入ったお皿を落としてしまったのだ。すぐに店員さんがやって来て、床に散らばった食べ物を片付けてくれた。
「迷惑をかけたな。チップを払おう」
加納さんは反射的にそう考えたのだが、ここは日本。「これはお礼です」と言って小銭を渡しても、おそらく受け取ってはくれないだろう。そもそもいくらぐらい渡せばいいのか。その後も帰国中にはチップについて考える機会が多々あった。
大学時代の友人達と飲みに行くと、とても素敵な笑顔で対応してくれる店員さんと、仏頂面の店員さんがいる。前者の店員さんには、感謝の気持ちと「これからもその笑顔を絶やさずに頑張ってね」という応援の気持ちを伝えたくて、チップを渡したくなった。
そもそもチップというのは、「感謝の気持ちを言葉だけでなく、形でも伝えたい」というところから始まったのではないか。居酒屋の店員さんに「気持ちの良い接客でした。ありがとう」と言うだけでも、相手は喜ぶだろう。でも……。
以来、加納さんはチップに対する考えが肯定的になった。「チップはベトナム人が小銭稼ぎをする口実」だと思っていたのだが、「ベトナム人は気持ちを形にする人達」だと認識が変わったのだ。
それにともない払い方も変わった。例えば飲み会の幹事を頼まれたとき。予約をしたレストランに少し早めに着いて、担当の店員さんに「今日はよろしくね」と事前にチップを渡すのだ。お店のサービスが良かったら終了後にもチップ。
こまめにチップを渡すようになって、加納さんは、ベトナムの人達との距離が近くなったような気がしている。
*文中に出てくる社名・人名はすべて仮名です。

執筆者
中安 昭人(なかやす・あきひと)
- 自己紹介
- 「ベトナムの伝道師」を目指している編集者・ライター。ベトナムを初めて訪れたのは1995年。趣味は路地裏のカフェ巡り。
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