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サイゴン雑記 〜暮らしの断片を拾ってみたら〜 第3回:仕立てる楽しみ、選ぶ楽しみ。ベトナムファッションの現在地

2026/07/17

野本瑞穂のサイゴン雑記

サイゴン雑記 〜暮らしの断片を拾ってみたら〜 第3回:仕立てる楽しみ、選ぶ楽しみ。ベトナムファッションの現在地

– Vol. 03 –

第3回:仕立てる楽しみ、選ぶ楽しみ。ベトナムファッションの現在地

仕立てる楽しみ、選ぶ楽しみ。ベトナムファッションの現在地

ベトナムで暮らしていて、一番贅沢だと思うこと、それは服を仕立てることの身近さ、です。

+ +

市場や生地店で好きな布を選び、街の仕立て屋さんへ持ち込む。まだ画像生成AIなどなかった頃には、下手な絵を描いたりしながら、「袖はこのくらい」「丈はもう少し長く」と身振り手振りを交えて伝えていきました。
その結果、思い描いたものと少し違う服が出来上がることもあったけど、これもまた、ベトナムらしさ。好きな生地が自分だけの一着になる喜びは大きいものでした。

身長154センチの私と、182センチの夫。
チビとノッポの夫婦にとって、既製服には小さなストレスがつきまとう。
私には丈が長く、夫には袖や裾が足りない。
それが、自分の体に合わせて作ってもらうと、するりと収まる。服が身体に合うというだけで、
こんなに気持ちがよいものなのかと感動したのを覚えています。

生地代と仕立て代を合わせても、ワンピース一着が5000円ほどで出来上がることもあり、
日本では少し特別に聞こえるセミオーダーが、ベトナムでは日常のすぐそばにある。

今も街には、使い込まれたミシンがある。
小さな仕立て屋さんや、お直しを請け負う店先で、縫い手たちはこまめに手を動かしています。
私たち夫婦にも、近所にお願いするお気に入りの仕立て屋さんがいくつかあるんです。

けれど、ここ2年ほどで、街の服の景色が少し変わってきました
仕立て屋さんの魅力が薄れたのではありません。
既製服が、急に面白くなってきた、そんな感じです。

若い人たちの装いにも変化を感じます。
以前よりも、黒、白、グレー、ベージュといったモノトーンが目について
大きなロゴやキャラクター、目立つ柄に頼るのではなく、生地の質感やシルエット、
デザインで見せる服が増えてきた。

もちろん、これは私がホーチミンの中心部で見ている限りの印象です。
それでも、街の空気が変わったと感じるには十分でした。

ベトナムは世界有数の縫製大国。
その土台の上に、今、ベトナム発のブランドが次々と育っているようです。

海外でも知られるCONG TRI、ミニマルで構築的な服を見せるGIA STUDIOS、若い世代の感覚を映し出すFANCì CLUB。海外のランウエイやセレクトショップで名前を見かけるようになってきた。

そして、現在のホーチミンやハノイには、独自の世界観を打ち出す旗艦店やセレクトショップも増えています。

その変化を特に実感したのが、ホーチミン中心部、
Union Squareの地下に広がるセレクトショップ。

ベトナム ファッションブランドが並ぶユニオンスクエアのフロア

フロアには服だけでなく、靴、時計、バッグ、雑貨、香水まで、ファッション全般のアイテムが並ぶ。それぞれの売り場は独立しながら、緩やかにつながっている。目的を決めずに歩き回り、気になったものを手に取る楽しさがある。

無機質でモダンな空間に、低く静かに流れるミニマルなエレクトリック・サウンド。
「ここ、本当にベトナム?」 一瞬、そんな気分になる。
数年前には、こんな空間を想像していなかった。

買い物の仕組みも面白い。
気に入った服が決まると、店員からバーコードの付いたカードを渡され、レジで待つよう案内される。売り場に飾られているものは試着用で、在庫があれば倉庫から新しい商品が届く。
その商品を運んでくるのは、ヘルメットをかぶり、キックボードに乗った店員たち。

ベトナム ファッションブランドを届けるキックボードの店員

広いフロアを、商品を入れたバッグ持ってスーッと滑り込んでくる。歩かないですね。日本ならまず安全面が話題になりそうですが、バイクが日常に溶け込んだベトナムらしい軽やかさがあって親近感。

届いた服を手に取り、改めてサイズや縫製を確認してからお会計。明快です。

この店で、私が選んだのはベトナム発ブランドの二着。

一着は、MONO TALKの淡いグリーンのシャツ。
胸元を細やかな美しい襞で立体的に見せている。派手ではない。けれど、着ると柔らかな布が身体の周りで静かに動く。価格は約4800円。

もう一着は、DECEMBER CHRISの茶色いノースリーブトップス。
こちらは張りのある生地を使い、皺の寄せ方と裾のふくらみで立体感を作っている。
最近人気のバルーン型ですが、控えめに膨らませ、身体に沿って自然に立ち上がり、布量を計算していることが伝わってくる。価格は約8000円。

どちらも、「ベトナムにいるから着る服」ではない。日本へ帰るときにも持っていきたい、
普通におしゃれな着として着たい! そんな気持ちが動いて迷わず選んだもの。
この時私は、完全に日本のセレクトショップで買い物をしているような気分。

シルエットを眺め、生地に触れ、裏側の縫製を見る。
どう着ようかと考え、最後に値札を確認する。「え?」、一瞬、脳がバグる。
「あ、ここはベトナムだった」と、値段を見て思い出す。

もちろん、ベトナムでは決して誰にとっても安い価格ではない。それでも、日本で同じように生地や立体裁断に工夫を凝らした服を探す感覚で見ると、うれしい戸惑いが残る。

以前なら、気に入った形を見つけたら、生地を探して仕立て屋さんへ相談していたかもしれない。今は、そのまま着たいと思わせる既製服がある。そして服を買ったというより、ベトナムの変化を持ち帰った、という気持ちが湧き上がる。

仕立て屋さんで、自分の身体にぴったり合う一着を作る喜びと、
若いデザイナーが生み出した完成された服を、自分の感覚で選ぶ喜びがある。
どちらかが消えたのではない。服を楽しむための枠が、ひとつ増えた。
仕立てる国から、選ぶ国へ。

正確には、仕立てる楽しさを残したまま、選ぶ楽しさも育ってきた国へ。

ベトナムファッションは、まだ変化の途中段階。
このデザインと価格のバランスも、数年後には変わっているかもしれない。
そう思うと、また一着、手に取ってしまいそうにもなる。

ベトナムでの買い物は、ますます楽しい。
そして、これからどんな服が街に現れるのか。しばらく目が離せませんね。

– Next –

次回は、ベトナム料理本が楽しい! です。

野本瑞穂(NOMOTO MIZUHO)

執筆者

野本瑞穂(NOMOTO MIZUHO)

自己紹介
2021年よりホーチミン在住。 日本では20年以上、テレビの構成作家、ラジオディレクターとして番組制作に携わる。直近ではNHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」「伊集院光の百年ラヂオ」を担当。これまでに200人を超える作家、音楽家、芸人、研究者らへのインタビューやドキュメンタリー制作を通じ、人々の声に耳を傾け、その人らしい言葉を紡ぎ届けてきた。現在はベトナム・ホーチミンで暮らしながら人々の営みや街の空気を観察する日々を満喫。

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