Column
視点を変えれば発見がある 第1回:態度が横柄なベトナム人社員
2025/12/27
友野昭の連載コラム

【連載コラム】視点を変えれば発見がある
ベトナムに住んでいるといろんな謎に遭遇します。しかし背景を知ると「そうなのか!」と納得することが少なくありません。ベトナム在住日本人のそんな体験を紹介するミニストーリー。コーヒーを片手に気軽にお読みください。
第1回:態度が横柄なベトナム人社員
「失礼します」
一礼して会議室を出て行ったキエン君の背中を見送りながら、秋吉さんは「ふー」と深いため息をついた。ここはホーチミンシティ近郊にある工業団地の一画。秋吉さんは工作機械に使う部品を作る大東製鋼のベトナム支社長である。日本語ができるキエン君は、30歳という年齢ながら現場に精通しており、秋吉さんにとって右腕のような存在だ。
一つ気になる点がある。秋吉さんが会議室に呼ぶと、彼はいつも腕組みをして、ふんぞり返りながら話を聞いているのだ。普段は礼儀正しいだけに、その横柄な姿勢が気になってしかたがない。ついさっきもそうだ。秋吉さんが話をしている間、ずっと腕組みを崩さなかった。
彼とは、上司・部下というより、少し年齢の離れた兄弟のような付き合いだ。それだけに、軽く見られているのだろうか。もっと上司らしくしたほうがいいのだろうか。一度は「オレはお前の友達じゃない。ちゃんと姿勢を正して話を聞け」と怒ったほうがいいのだろうか。秋吉さんは着任以来、自問自答を繰り返している。
そんなある日のこと、キエン君が秋吉さんのところに小さな白い封筒を持ってやってきた。
「実は今度、結婚することになりました。秋吉さんにも、ぜひ式に出席して頂きたいです」
それも披露宴だけでなく、教会で行う婚礼のミサから参加して欲しいのだという。会場となった教会の聖堂は300人くらいは入れそうな大きさで、石造りの壁の上部にはステンドグラスがはめ込まれ荘厳な雰囲気だ。ミサが始まり、新郎新婦が神父さんの前に立つのを見たとき、秋吉さんは「あっ」と小さく声をあげてしまった。キエン君と奥さんの2人が腕組みをしていたからである。
新婚旅行が終わって職場に戻ったキエン君に話を聞くと、「はい、腕組み(khoang tay)はベトナムでは敬意を示す姿勢なので、神父さんの前では腕を組むんですよ」。
それを聞いて秋吉さんは「ああ、怒らなくて良かった」と胸を撫で下ろした。
秋吉さんはキエン君に「日本では腕組みは失礼な姿勢なんだよ。実は僕も誤解していてね」とキエン君に説明をしながら、「ベトナム人社員が、自分には奇異に見える行動や態度をとったときには、必ず理由を尋ねるようにしよう」と心に誓ったのだった。
*文中に出てくる社名・人名はすべて仮名です。


執筆者
友野昭(ともの・あきら)
- 自己紹介
- 「ベトナムの伝道師」を目指している編集者・ライター。ベトナムを初めて訪れたのは1995年。趣味は路地裏のカフェ巡り。
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