Column
北風と太陽に学ぶ、自然と「やりたくなる」仕組みづくり
2025/11/24
オフィス関連

問題の未然防止コンサルタントが教える
オフィスマネジメント3
目次
人を動かすのは「命令」でも「ご褒美」でもない
「北風と太陽」
「何度注意しても、なぜか同じミスが減らない…」「簡単な業務のはずなのに、いつまで経っても現場に定着しない…」現場で働く方なら、誰もが一度はこんな「もどかしさ」を感じたことがあるのではないでしょうか。そして、そのたびに試すのが、「もっと強く指示する」「繰り返し注意する」「ルールを厳格に明文化する」といった、いわば「真っ向勝負」のアプローチ。一時的には効果が見えるかもしれませんが、やがて反発が生まれ、現場は疲弊し、指示そのものも形骸化していく負のループに陥りがちです。もし、あなたがこのループから抜け出せないと感じているなら、それは「他に手がない」と思い込んでいるからかもしれません。そんなときこそ、思い出してほしい物語があります。 イソップ童話「北風と太陽」です。
行動は、強制ではなく「理由」で引き出せる
旅人のコートを脱がせようとした北風は、力任せに風を吹きつけました。しかし、旅人はますますコートを強く握りしめるばかりです。一方、太陽は暖かく照らすことで、旅人が自ら進んでコートを脱ぐ状況を作り出しました。これは単に「押してダメなら引いてみろ」というような話ではありません。そこには、人の行動変容における本質的な違いが隠されています。
北風: 行動を「強制」しようとする
太陽: 行動を「自ら選びたくなる状況」に変える
つまり、『やりたくない』という反発の力に対し、『やらせる』という強制の力で対抗してはいけないのです。そうではなく、相手の「やりたくない」という心の向きを変えて、「やりたくなる」方向へ導くこと。これこそが、太陽的アプローチです。私たちの職場でも、この原理を応用し、「行動を取る理由」を設計することで、人の行動は驚くほど自然に変わっていきます。その実例を次に紹介しましょう。
実例:IT部門を変えた「そうしたくなる仕掛け」
具体的な成功事例をご紹介します。 私が工場のIT部門を担当していたときの話です。当時、会社には約100名の事務スタッフがおり、IT部門には毎日、似たようなIT関連トラブル対応の依頼が飛び込んできていました。その多くは過去に何度も発生した問題ばかり。にもかかわらず、その場しのぎの対応ばかりが繰り返され、根本的な再発防止の取り組みはほとんど行われていませんでした。「再発防止を徹底しなさい」と指示を出しても、なかなか動いてもらえない。なぜか?それは、スタッフの心理にこんな構図があったからです。
- 「トラブルに対応している方が『仕事してる感』が出る」
- 「周りに直接感謝されるから、対策するより対応した方が気持ちいい」
私はこの状況に対し、“太陽的”な施策を行いました。
【実施したこと:意識と環境の変革】
IT部門の役割を再定義: 「トラブル対応」ではなく、「社員のパフォーマンス最大化をITで支える(ITを止めないこと)」と役割を明確化
評価基準の転換: トラブル対応件数ではなく、「再発防止に向けた行動」を高く評価対象に変更。逆に、同じトラブルの繰り返し対応は評価しない仕組みに
依頼ルールの明確化: 口頭や電話での受付を禁止し、専用のフォーム経由でのみ受け付けるように変更。フォームにない案件は評価対象外と明言。これにより、すべてのトラブルが記録され、問題のパターンが可視化される仕組みを構築
【結果:行動が劇的に変化】
- ITスタッフは、「再発させないこと」が自身の評価に直結すると認識
- トラブルを放置するより、「根本を解決する方が自分にとって得だ」と思える環境に変化
- 結果、同じようなミスが激減し、IT部門全体が“トラブル予防集団”へと劇的に変化
このように、環境と評価の構造をデザインするだけで、人の行動は自然に、そして自発的に変わっていくことを私たちは実感しました。「なぜやってくれないのか?」という問いの根源にある原因を深く見つめ、その原因となって働いている心理的・構造的な力を、どうすれば「やりたくなる」方向へ向けられるか?それを問う必要があるのです。
応用:気持ちに頼る行動ほど「太陽戦略」で
会社の本業に直結する業務では、どうしても「北風的」なルールや評価になりやすい側面があります。何でもかんでも太陽的にできればそれに越したことはありませんが、前述のIT部門の例は、比較的変革の余地が大きいケースかもしれません。一方で、個々人の「気持ち」や「意識」に頼らざるを得ないような領域、例を挙げれば
- 職場での気持ちの良い挨拶の習慣
- ヒューマンエラーを防ぐための指差し呼称などの安全行動
- チーム内の円滑なコミュニケーションを促す小さな気配り
といった、「行動していても心が伴っていなければ意味がない行動」こそ、太陽的な工夫が非常に有効です。例えば「気持ちの良い挨拶が定着しない」という職場では、「挨拶に相手の名前を添える」だけで劇的に改善した例があります。誰しも自分の名前は好きなものですから、名前を呼ばれた相手は喜びを感じ、自然と笑顔で挨拶を返すようになります。それが伝染し、職場全体の挨拶の質が向上したのです。
最後に:仕組みで「やりたい」をつくる
人の行動を変えたいなら、「命令」よりも「理由」の設計です。その行動を取ることで「自分にとってメリットがある(得をする)」「居心地が良くなる」「正当に評価される」といった、心理的・構造的な「やりたくなる」理由を組み込むこと。そんな仕組みをつくることで、人は自然と動き始めます。あなたの現場にも、「北風」になってしまっている仕組みはありませんか? 「行動そのものに、自ら『やりたい』と思えるような意味や理由を持たせることはできないか?」そんな問いから始めてみてください。 「コートを脱がせたいなら暑くさせる」「力に力で対抗しない」それが、人を自発的に動かすための「あるべき姿」なのです。
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執筆者
飯塚 陽一郎
- 会社名
- BEKILAB CO., LTD
- 業種
- 問題の未然防止コンサルタント
- 自己紹介
- 問題の未然防止コンサルタント 経営者や管理者が日々頭を抱える「繰り返し発生する問題」を、 そもそも起こさない仕組みに変える「未然防止」を専門としています。 現場に寄り添った伴走型コンサルティングで、経営の持続的成長を後押ししています。 <経歴> キヤノン株式会社にて11年間にわたり製品設計・開発 ベトナムにて自動車用エアバッグ縫製工場管理・新工場立ち上げ 2025年、BEKILAB CO., LTD設立
